昔からの邸宅街

街の歴史を振り返ってみると、時代時代でこの地での人々の営みが見えてきます
この街の暮らしやすさは、今に始まったわけではない。
そのことを歴史上の人物たちが、教えてくれました。
今なお感じる邸宅街として魅力を紐解いてゆきます

見晴らしの良さと緑彩に恵まれた 掘上緑町という邸宅街

家原町周辺目に飛び込んでくるのは街中の緑の多さ

緑の多さと解放感が街の魅力

区画整理された、ゆとりある街並みが印象的な平岡町~堀上緑町。丘陵地という特長から見晴らしも良く、さわやかな風が吹き抜ける邸宅街となっています。
街の中には、公園や街路樹など、季節の花々や木々がいっぱい目に飛び込んできます。
街中とは思えない気持ちいい住環境です。

掘上緑町周辺解放感の秘密は丘陵地という立地

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家原町周辺

幹線道路を曲がれば閑静な邸宅街へ

掘上緑町周辺小さな用水路を境に、より閑静に

少し路地に入るだけで驚くほど静かに

賑やかな幹線道路から少し入ると、うってかわって静かな邸宅街が広がっています。住民と訪問者以外の車が通り抜けることはほとんどないので、子どもたちも走り回って遊べそう。
子育て家族に安心でうれしい環境ですね。

掘上緑町周辺

掘上緑町周辺車の通り抜けに利用されにくい住まう人たちの踏地

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歴史

平安時代から邸宅街として選ばれる街
様々な歴史を育んできた街、堺市。その中でも「平岡~堀上緑町~家原寺町」でも多くの物語が残る。
この街では昔から大きな歴史の一遍が紡がれる、重要な要所としての歴史物語がありました。

家原寺 奈良時代

家原寺

奈良時代の高僧 行基が生まれた家が始まり

「智恵の文殊さん」として知られ、受験シーズンにはたくさんの参拝客が訪れる家原寺は、奈良時代の高僧 行基が、生まれた家をお寺に改めたのが始まり。行基といえば、奈良の大仏(東大寺)の造立を責任者として任されるほどの人物。堺には大野寺の土塔など、行基ゆかりの史跡が数多く残されています。

和泉式部宮 平安時代

和泉式部宮

和歌の名手「和泉式部」と夫 橘道貞の新居

紫式部、清少納言と並んで、平安時代の三才女と呼ばれた和泉式部が、橘道貞との結婚後、新居を構えたのが、平岡町にある和泉式部宮でした。夫への思いを詠んだ和歌の上手さと感性の豊かさが、貴族の間で評判に。愛娘である小式部内侍とともに、小倉百人一首に選ばれています。近隣の岸和田市には、歌碑や筆塚なども残されています。

家原城跡 戦国時代

家原城跡

お城はなくなっても、この地で暮らす人々

家原大池公園の北側にある小高い丘。この見晴らしのいい場所に、松永久秀によって築かれた家原城が建っていたのは、わずか半世紀ほど前のこと。近畿一円に勢力を誇っていた三好長慶に仕えていたときの同志だった、三好党の軍勢に攻められて落城。その後、城から逃れた人々が、津久野や家原に多く住み着いたそうです。今では大池に面した部分に面影を残すのみで、公団や公園にその姿を変えています。

毎年1月15日に行われる、家原寺の「大とんど」。
10畳敷きの護摩壇で行われる御焚き上げは、迫力満点。毎年たくさんの参拝客が訪れ、勢いよく天に向かう高さ5メートルにもなる巨大な炎に無病息災を祈願します。

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